2013年7月9日火曜日

一日三兆二千億ドルが動く外為市場

九八年の改正外為法で解禁された為替証拠金取引では、一定の証拠金を積むことで、その証拠金の十倍以上の為替取引を行うことが可能である。米ドルの場合、普通は一万ドルないし十万ドルの単位で取引される。一ドル=九〇円換算で九十万円ないし九百万円の取引となる。為替相場が思惑通り動けば、少ない証拠金で大もうけできる。反対に見通しが外れると証拠金が吹き飛んでしまうばかりでなく、巨額の借金を抱えることにもなりかねない。例えば、五十万円を証拠金として預け、その二十倍のドル買い注文を出すと、一千万円相当でドルの買い付けを行うことになる。仮に為替相場が一ドル=九〇円のときにドルを買い付け、円安になり一ドル=九五円でそのドルを売って取引を終了すると、九五手九〇分だけ元手が膨らみ千五十万円余りになった勘定となる。買い付け代金である千万円との差額五十万円余りがもうけとなる。当初の証拠金五十万円に対し実に一〇〇%以上の利益率だ。

しかし逆に一ドル=八五円まで円高が進むと、今後は五十万円余り損失が出て、証拠金として差し入れた五十万円など軽く吹き飛んでしまう。証拠金に対する負債の比率(レバレッジ比率)を高くした場合(このケースでは二十倍)に、為替証拠金取引はかくもリスクが大きいのだ。それでも為替証拠金取引の人気が衰えないのは、日本の低金利が際立っているからだ。低金利の円を売って、金利水準の高い外貨を買った場合、取引を継続するごとに内外金利差分かチャリンチャリンと投資家の懐に入る。この内外金利差に相当する部分は、「スワップーポイント」と呼ばれる。国内の低金利に泣く個人が、「スワップーポイント」を稼ごうと証拠金取引を積み上げているのだ。レバレッジ比率を高めて外貨を買っている投資家は円高になるとイチコロだが、「スワップポイント」目当ての投資家は円高になった場合に、むしろ外貨を買い増している。

とはいえ、取引の仕組みをよく知らずに、退職金や生活資金を為替証拠金取引につぎ込んで、自己破産する人も少なくない。〇五年七月の金融先物取引法の改正で、証拠金業者は登録制となり、金融庁の監督下に置かれるようになった。招かれざる勧誘(不招請勧誘)は禁止となり、広告でも手数料やリスクなどの表示が義務づけられ、契約締結前、取引成立、証拠金受領時にそれぞれ書面の交付が義務づけられるなど、顧客である投資家保護の仕組みは格段に充実した。人の欲には際限がない。低金利が続くなかで、「うまい話」の種に証拠金取引が利用されるリスクは残る。読者の皆さんもうまい話には細心の注意を払っていただきたい。

企業、機関投資家、そしてヘッジファンドなどの影響力が増している外為市場とは、どの位の規模と奥行きがあるのだろうか。「東京市場の終値は」、「ロンドン市場では」、「昨日のニューヨーク市場で円は」。ニュースを見ていると、東京、ロンドン、ニューヨークと為替相場が二十四時間切れ目なく取引されていることが分かる。円、ドル、ユーロなど主要通貨は、たとえ東京市場が夜中になっても、地球の向こう側で取引されている。通貨を商品とすれば、地球的な規模で一物一価が成立しているともいえるのだ。その全体像に迫る試みを、世界の中央銀行の集まりである国際決済銀行(BIS、本部・バーゼル)が三年に一度実施している。

公表されている直近の調査は二〇〇七年四月に日本銀行を含む世界五十四カ国・地域の中央銀行が参加して実施された。それによると、世界の一日平均の外為取引高は三兆二千百億ドルと、〇四年の前回調査比で七一%増えた。一ドル=九〇円換算で二百八十八兆円もの取引が行われている。〇九年の世界貿易額(輸出ベース)は十二兆ドルだったので、四日足らずの外為市場の取引で一年間の貿易額に匹敵する勘定だ。貿易などモノの流れを離れた、証券などマネーの取引や値ザヤ稼ぎを狙った為替取引の比重が高まっている証拠である。なかでも各国投資家の運用姿勢が増し、株式や債券の代替商品(オルタナティブ)として、為替取引が組み入れられる度合いが増している。投資家など金融系の顧客と銀行との間の為替取引が急拡大し、全体に占める割合は〇七年には四〇%と、〇四年の三三%から一段と拡大した。金融系の顧客との取引比率は九八年には二〇%だったから、十年足らずでシェアが倍増した勘定だ。