2014年7月26日土曜日

公的資金はさらに追加投入されるか

文豪レフートルストイは、『アンナーカレーニナ』の冒頭で、「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭は、その不幸な様をそれぞれ異にしている」と見事に記した。同様なことが、経済現象についても言えるのではないだろうか。すなわち、幸福な国家経済は、お互いにうんざりするほど類似しているが、不幸な国家経済は、景気下降の心理と政治が、国によって個々に違うため、それぞれ異なる状況下で金融危機に苦しみ、景気後退に耐えているのである。

したがって、アメリカを中心にヨーロッパや多くの国に波及している、現在の経済危機の行方を、誰もが予測できると考えていると、とんだ思い違いを起こすのだ。そこで、この十五ヵ月間にわたる経済ドラマが、今や欧米と日本の実体経済にも、景気後退をもたらしていることについて、どのように考えたらいいのだろうか。私は、次の六つのことが言えると思う。

一つ目に、今回の欧米の景気後退は、二〇〇一年から二〇〇二年までの時よりも深刻になるということである。なぜなら、負債額を削減し、借入金を減らすというデレバレッジ(借入資本の返却)のプロセスが、最初は消費者、次に企業の順で進んでいったからだ。景気後退がどれだけ深刻なものになるかは、借り手や貸し手が、どんなに恐怖感を抱いているかによって左右される。

しかし、アメリカの失業率は、現在、六・一%に増加しているとはいえ、よく比較の対象とされる一九八〇~一九八二年の一〇%、ましてや一九三〇年代に経験した、三〇超%までには程遠い。二つ目に、今回の危機に対する各国政府の対応を、一九三〇年代と一九九〇年代の日本およびスウェーデンが直面した金融危機の場合で比較することができる。日本では、一九九〇年以降に、先進工業国が一九二九年来経験したことのない、株式相場と不動産価格の最大の暴落が発生し、「失われた十年」が生じた。その景気後退は決して深刻ではなかったが、長引いたのである。

スウェーデンでは、一九九〇年代初めにいくつかの銀行が倒産後に国有化され、きわめて深刻な景気後退に見舞われたが、その後急速に回復した。両国間に違いが生じたのは、政策の対応速度に差があったからだ。二〇〇七年八月に金融危機が訪れてから、欧米双方の反応は、日本よりもスウェーデンに似ている。日本は、公的資金が銀行に直接投入されるまでに八年もかかったが、イギリスやアメリカなどが、それまでに要したのは十五ヵ月である。

2014年7月12日土曜日

「革命的」の核心

このようにみてくると、ケインズ以前一九三〇年代までの社会は、これまで何度か描写した状況と、ほぽ等しかったとみていい。すなわちそこでは、まず、人びとはおおむね貧しく、日々の生活に追われて、心中に不平不満を抱く余裕すらなかったし、しかも、たまたま心中に不平不満を抱いても、ひとたびそれを表にあらわせば、たちまち自分自身の不利益としてはねかえってくる危険(たとえば、くびになり路頭に迷う危険)があった。つまり「ヒラの人」たちは、失業と飢えの恐怖から、少なくともほどほどには働かざるをえなかった。

しかし、一九三〇年代が到来し、失業率が二十~三十パーセントにも達するにいたれば、話はまったく別だろう。ほどほど真面目には働こうにも、働く場所そのものがない人びとにとって、もはや失うべきものは何もない。日々の生活に追われる機会さえ奪われた彼らは、飢えの恐怖にさらされた不平不満を心おきなく表現するほかに、そもそもなすべきことがないだろう。かくて資本主義は、空前の危機に直面する。この危機を救おうとしたのが、ケインズにほかならない。彼は、もし金融緩和を維持するとともに、積極的な財政政策を行なうならば、この危機は避けられると考えた。この考え方は、たしかに「ケインズ革命」の名に値したのである。

経済学に親しみの薄い読者のために、ケインズ経済学のエッセンスを復習しよう。まず財政をみよう。積極的な財政政策とは、財政支出を拡大するとともに、減税を行なうことである。もともと不況時には所得は伸び悩むから、がりに税制をそのままにしておくと、税収は伸び悩まざるをえない。もしケインズ以前の経済学者が考えていたように、財政はつねに均衡しなければならないとすると、不況時の政府は、この自然減収を埋め合わせるに足る増税を行なうか、さもなければ自然減収に見合うだけ財政支出をカットするか、どちらかの選択に迫られる。ところが、増税は民間需要を抑えるし、財政支出のカットは政府需要を抑える。したがって、政府が均衡財政のルールにしばられるかぎり、不況は改善されないばかりか、むしろよりいっそう深刻化するおそれがある。

そこでケインズは、むしろ不況時にこそ財政支出を拡大し、かつ減税を行なうことが必要だと考えた。がりに政府が何もしなくとも、不況時には財政は赤字になりがちだから、政府がケインズの指示どおりに動けば、財政赤字はさらに大きいだろう。だが、それによって景気が回復に向かい、失業が減って、農民が娘を売らなくともすむプラスとくらべれば、赤字財政のマイナスは取るに足りないほどわずかである。このような思想転換は、たしかに「革命」的であった。