2014年5月3日土曜日

一番乗りはフランス大統領

アメリカの軍部は、民主党の政治家が楽勝と誤った判断をくだしたベトナム戦争に巻き込まれ、威信を失った。湾岸戦争はあまりにも短く、かつハイテク化されていたので、アメリカ軍の奮戦ぶりを世界に示すことができなかった。そのため彼らはまだ威信を回復できず、あいかわらず米軍部には民主党にたいする怨念がくすぶっている。「私はベトナムの幽霊をさがしたわけではない。だが、ベトナムの幽霊は存在し、ベトナムの幽霊は私を見つけた。市民の健康(精神状態)を左右する、ベトナム戦争で不当に傷つけられた二つの体制、アメリカ軍部と民主党に及ぼした傷のなかに、もっともはっきりと残っていた」。

ハルバースタムは、結びをこのような文で終えている。米軍部の怨念というのが気懸かりである。怨念をはらしてくれるのは、民主党の反対党である共和党であり、それがブッシュ政権であるとすると、どういう展開になるか考えざるを得ない。アメリカ文学をまちがいなく代表する『白鯨』(一八五一年)をのこしたハーマンーメルヴィルは、ものごころつく頃までWTCビルがあった近くで過ごした。彼の心象風景のなかには、かつてのニューヨークがくりかえし出てくる。当時とはくらべようもなく激変したが、驚愕するしかないほど今を的確に千言するくだりを引用しておかねばならない。それがあまりにも不気味だからである。

指導者はそれと気づかぬ時に、俗衆が却って指導していることが多いのだ。しかし、数度も商船水夫として海の匂いを吸ったあげくに、いま私か捕鯨船に乗ろうというのは何故か。このことは、眼に見えぬ「運命」の警吏、つねに私を監視し、ひそかに私をいじめ、説明しがたい力で私を操っている彼が、一番よく知っていることだ。たしかに、今度私か捕鯨の航海にゆくということは、遥かな昔に書き込まれた天命の番組の一部をなしているのであろう。大きな演奏の間の、短い中間曲あるいは独奏として挿大されたものにちがいない。この前後の番組はこんなふうにでもなっているのではないかと私は思う。

同時多発テロ発生から、ちょうど一週間がたっていた。九月一八日の午後六時三〇分、ホワイトハウスのオーバルオフィス(大統領執務室)に招かれた記者団の前には、ブッシュ大統領とフランスのシラク大統領がソファーに隣り合って座っていた。「みなさん、このオーバルオフィスに、私の親友であり、アメリカの親友でもあるシラク大統領をお迎えすることができ、たいへん光栄に思います。一週間前のあの恐怖の日以来、私かお受けした世界首脳の最初の公式訪問です」。ブッシュ大統領は記者団に向かって、こう切りだした。