2015年2月19日木曜日

日本は高コストか

ドルの下落を媒介として、債務国・アメリカでは経済の好循環が続いた。一方、債権国・日本が90年代に入って経験した不況は、戦後未曾有のものであった。

この不況の原因は、じつは複雑である。金融機関の不良債権問題のみが声高に叫ばれたのは、その解決が急がれたという意味では正論であろうが、そればかりが強調されては不況の全体像を捉え損ねることにもなりかねない。

不良債権問題それ自体が、プラザ合意後の対米協調金利政策の結果であることはこれまでに見てきたとおりだが、ここで強調しなければならないのは、アメリカの円高誘導策が平成不況に及ぼした直接的な影響についてである。

まず、これをモノ作り部門について見てみよう。バブル崩壊のもとでの円高の進行は、アメリカの好況のちょうど裏返しの影響を日本経済に与えたといえる。その中心的経路は、製造業との関連では次のように整理される。

「円高→輸出減・輸入増→鉱工業生産の低下→労働生産性の停滞→単位労働コストの底上げ」さらに実効レートによる円高の程度がドル安のそれより大きかったことが、その影響をはるかに強烈なものとした。先にアメリカのドルについて見た為替の実効レートは、円の場合、95年には90年に対し約4割も上昇している。これは、主要貿易相手国としてアメリカの占める割合がきわめて高く、また、90年以降は、ドル安というより円の独歩高が続いたためであろう。

これらの指標のうち単位労働コストについて見てみよう。単位労働コストは、91~95年の間、自国通貨(円)ベースの上昇率(ベース・アップなどによる通常の上昇率)は6~7%でアメリカとあまり差がないのに、これを実効為替レートではじくと5年間の上昇はきわめて大幅である。

このように単位労働コストが対外的には大幅に上昇したことが、「産業空洞化」を過度に進めるとともに、円高による「輸入価格の低下→デフレ圧力」との間で大きな矛盾となった。輸入価格の低下によるデフレ圧力がある一方で、海外の産業との価格競争力を左右する実効為替レートでの労働コストが上昇した。これでは製造業部門は立ち行かない。労働コストの安定がインフレの芽を摘むという好循環を呼んだアメリカの場合とは対照的である。

2015年1月22日木曜日

地価と競争力

バブル経済の時代、土地についてはどうだったか。大都市圏の地価は、80年代半ばまで、名目GNPをやや上回る程度の上昇たった。ところが85年以降、株式にやや遅れて90年にピークをつけるまで、この趨勢を大きく突き破る急騰を続けた。この問の土地の累積キャピタル・ゲインは、株式のそれを大きく上回る1420兆円、90年のGNPの3.3倍に達する規模となっている。

このように、株式と連動した地価のに」昇も、アメリカから見れば問題があるように思われた。80年代末の時点で、日本の土地は国富総額の約70%を占めるにいたったが、アメリカでは約25%にすぎない。

土地に対する感覚は大陸国家のアメリカと島国の日本では当然異なり、こうした資産構成の差は基本的には国内問題である。ところが、日本の土地資産額(90年末で2400兆円、国民経済計算による推計値)がアメリカ全土の土地資産額の約4倍に相当するということになると、アメリカとしてもこれを見過ごすことはできなかった。

土地の含み益もまた、企業の競争力にがらんでくる。日本では株式と同様、土地についても法人については相続税がなく、個人に対し法人の土地保有が進みやすい。また社歴の古い企業ほど大きな土地の評価益を擁しており、しかもこれが80年代を通じて急激に膨張した。

かつては日米問で企業の競争力をめぐる論争が起きると、目木側は、短期の業績に縛られたアメリカ企業の経営の欠陥をついておればよかった。ところが、80年代末にもなると、アメリカの短期業績主義への批判は、ただちに日本企業が擁する種々の経営上の「クッション」に対する批判となって返ってくるようになった。地価の高騰も求だ、アメリカ企業からみれば、彼らの主張する「平等な競争条件」に反するわけである。

89年には日本異質論者の一人として知られるジェームズ・フアローズが、具体的方法は明らかにしなかったが、「日本封じ込め」を主張していた。冷戦構造の崩壊により、日本は「悪の帝国」ソ連に代わる経済的脅威として認識されるようになった。

この言い古された論評の当否はともかく、ワシントン、それも議会というより、財務省において、日本のバブルを「諸悪の根源」とする判断が形成されていったことを、種々の状況証拠は示しているようである。