ヒューマニズムとは、堂々たる体系をもった哲学理論でもなく、○○主義と称される思想でもなく、洋の東西も、時の古今も問わず、わたしたちがなにをする時でも、なにを考える時でも、かならずわたしたちに備わっていたほうが望ましい、ごく平凡な人間らしい心がまえである。それはいかなる時でも、いかなる事柄に関しても、「それは、より人間的であることとなんの関係があるのか」という問いかけである。この意味で、第四代ブータン国王のGNH「国民総幸福」論は、れっきとしたブータン仏教ヒューマニズムである。それは、世界的なGNP「国民総生産」重視の経済至上主義趨勢の中にあって、「国民総生産の成長は、国民がより人間的な生活を営むこととなんの関係があるのか」「経済発展は、人間が幸福であることとなんの関係があるのか」という、一見非力、無力としか映らないであろうが、それでいて勇気のいる、果敢な問いかけである。
ブータンに住み、ブータン人の日常生活に触れるにつけ、ある日思い出したのは以前読んだ竹山道雄(一二九〇三-八四)の『ビルマの堅琴』二九四八年)の数節であった。太平洋戦争末期のビルマ(現ミヤンマーを舞台に書かれた文章であるが、思い出したのは次のような箇所であった。「ビルマはさかんな仏教国で、住民は極度に低い生活で満足していますから、人の心もおだやかです。よくいえば欲がなく、わるくいえば無気力です」「どこに行っても、ビルマ人は楽しげです。生きるのも、死ぬのも、いつもにこにことしています。この世のこともあの世のことも、めんどうなことはいっさい仏様にお任せして、寡欲に、淡泊に、耕して、うたって、おどって、その日そ。の日をすごしています。ビルマは平和な国です。弱く貧しいけれども、ここにあるものは、花と、音楽と、あきらめと、日光と、仏様と、微笑と」
この叙述はブータンを描いたのではないかと思えるほどで、文中のビルマをブータンにおきかえれば、そのまま一九八〇年代のブータンにぴったりと当てはまり、仏教徒であるブータン人の真髄はここに要約されている。『ビルマの堅琴』では、こうしたビルマ人の仏教徒としての生き方を前にして、日本兵の間でその是非をめぐって論議が交される場面が数カ所ある。そして、このような深い問いかけがなされている。一生に一度軍服をきる義務と袈裟をきる義務とでは、そのよってきたるところは、結局は谷っいうところにあるのだ、ということになりました。つまり、人間の生きていき方が違うのだ、ということになりました。一方は、人間がどこまでも自力を頼んで、すべてを支配していこうとするのです。一方は、人間が我を捨てて、人間以上のひろいふかい天地の中にとけこもうとするのです。
ところで、このような心構え、このような態度、世界と人生に対するこのような生き方ほどちらがいいのでしょう? どちらがすすんでいるのでしょう? 国民として、人間として、どちらが上なのでしょう?」「軍服をきる義務」を「経済大国の繁栄を支える企業戦士として働く義務」に、そして「袈裟をきる義務」を「仏の教えに従って生きる義務」とでも置き換えたら、この問いは、現在の日本とブータンにあてはまるであろう。もちろん時代も状況も全く異なるが、国立図書館顧問としてブータンに赴いたわたしが、ブータン人の生き方に接して自問したのはまさにこのことであった。一〇年に及んだ滞在中、折あるごとに繰り返し繰り返し自問した、自問せざるをえなかったことである。
そして結果的にはこれといった結論が出なかった、出せなかった問いである。自分が生まれ育った日本、帰化したフランス、そして今新しく生活しはじめたブータン、この三国の常識、価値観、習慣、社会制度、生活レベルなどのすべてを考慮した総括的な全体。これは長い歴史的変遷を経て重層的・有機的に積み上げられたもので、これが文化・文明だと思うのは、まさに三者三様である。同じ二〇世紀に、同じ地球上に生きる人間なのに、どうしてこんなにも異なった生き方をするのか、摩詞不思議ですらあった。『ビルマの堅琴』の中で、ビルマを評して、こんなことをいう日本兵がいる。「こんな弱々しい、だらしのない国があるかい、電灯も汽車もみな外国人につくってもらっている。ビルマ人はすべからくルーンジをぬいで、ズボンをはいて、近代的になれ。
2013年8月28日水曜日
薬になる伝統野菜
イラブー汁は決して美味しいとは言えない。しかし、全身ヤケド状態の私は、薬と思って食べるしかない。もっとも、風邪を引いたときに何度かヒージャー(ヤギ)汁を食べさせられたが、それに比べるとはるかに食べやすい。ちなみに月桃というのはショウガ科の植物で、強い抗菌抗カビ作用があることで知られる。はじめて沖縄で取材した頃だ。民宿のおばさんに昼食用のおにぎりを月桃の葉で包んでもらったが、そのとき、この葉で包むと真夏でも三日は腐らないと言われた覚えがある。それはさておき、驚いたのが翌日だった。全身水ぶくれになると言われて覚悟していたのに、なんと日焼け程度でおさまったばかりか、三日目には蛇が脱皮するようにズルッと皮がむけたのである。「これがクスイムンか」と、納得することしきりであった。
「クスイムン」は、「薬になるもの」「体によいもの」といった意味で、そういう物を食べて健康な体をつくろうという「医食同源」の思想にもつながる。沖縄産シークワーサーで血糖値が下がった。わが身にまつわる出来事をもう一例挙げる。恥ずかしながら、これは私か健康診断で知った空腹時の血糖値だ。一二六以上を糖尿型というらしいが、実のところ、二〇〇六年の秋には一三〇近かったように思う。これを下げるために、できれば薬より食事療法でと栄養士に相談したのだが、食事はとくに問題はないという。ただ、晩酌はやめたほうがいいと言われて断酒したが、逆にストレスがたまって仕事に影響するようになった。はたと困ったとき、ある沖縄の医師からシークワーサーが血糖値を下げるらしいと聞かされた。最初は安い台湾産でもいいだろうと、水で薄めて飲んでみたが、数力月経っても一向に数値の下がる気配はない。
「所詮、民間療法なんてこんなものだ」と諦めかけたとき、たまたま沖縄産のものをいただいた。飲んでみたら味も香りもまったく違う。これが〇七年一月のことである。約二〇皿リットルをコップ一杯の水で薄めて毎朝飲むだけのことだが、三月ほどしてから、検査のたびにわずかずつだが下がっていくのがわかった。〇九年の一月で一〇〇を切ったから、今は完全に正常な域だ。沖縄には身近な食材が薬になるという考え方がある。医食同源と同じような意味だ。先にも述べたが、これをクスイムンという。クスイムンという考え方は、おそらく中国から伝わったのだろうが、本土に比べ、生活文化にまで定着したのは、それだけ島には薬になる食材が多いからだろう。
たとえば、先に汁をすすったイラブー(ウミヘビ)だ。久高島や宮古島、石垣島などが産地で、とくに久高島は漁獲権をノロ(神女)が持っていて、猛毒を持つイラブーを手づかみで獲ることで知られる。かつては上流階級で珍重され、琉球料理のなかで最高の料理と言われた。ミネラルやビタミンなどが豊富で、体力を消耗したときや免疫が弱つたときに食べるといいとされている。たしかにイラブー汁は、体力が弱っているときなど効果てきめんだ。山羊汁はスタミナ料理の代表例で、血液の流れをよくする反面、高血圧の人は禁じられている。ただ、沖縄でもこれらを食べる機会はそう多くない。
普段の食事でよく使われるのが伝統野菜だろう。実際、さまざまな野菜に薬としての効果があることが伝えられているが、そのいくつかを、私かこれまで沖縄のオバアたちから聞いた話でご紹介する。沖縄でもっともよく食べられているのがゴーヤだ。ゴーヤのあの苦みをつくり出しているのがモモルデシンで、肝機能を高める作用や胃腸を刺激して食欲を増進させる作用がある。「夏バテで食欲がないとき」にはチャンプルーなどにして食べ、葉や茎はアセモの予防として風呂に入れたという。ゴーヤの次によく消費されているのがパパイヤ。本土と違い、青いパパイヤを野菜として使うのだが、「子供を産んだあと、乳の出がいいというので必ず食べさせられた」という。実はパパイヤにはビタミンCやGABA(ギャバ)と言われる脳細胞の代謝機能を促進したり、血圧を降下させる物質が多く含まれている。
長寿のための健康食講座(第10回) 沖縄と長寿の関係
http://www.caresapo.jp/senior/meal/longlife/83dn3a000000azp1.html
沖縄料理、健康の秘訣とは? ふみこの のんびりブログ/ウェブリブログ
http://fumikofelice.at.webry.info/201007/article_5.html
「クスイムン」は、「薬になるもの」「体によいもの」といった意味で、そういう物を食べて健康な体をつくろうという「医食同源」の思想にもつながる。沖縄産シークワーサーで血糖値が下がった。わが身にまつわる出来事をもう一例挙げる。恥ずかしながら、これは私か健康診断で知った空腹時の血糖値だ。一二六以上を糖尿型というらしいが、実のところ、二〇〇六年の秋には一三〇近かったように思う。これを下げるために、できれば薬より食事療法でと栄養士に相談したのだが、食事はとくに問題はないという。ただ、晩酌はやめたほうがいいと言われて断酒したが、逆にストレスがたまって仕事に影響するようになった。はたと困ったとき、ある沖縄の医師からシークワーサーが血糖値を下げるらしいと聞かされた。最初は安い台湾産でもいいだろうと、水で薄めて飲んでみたが、数力月経っても一向に数値の下がる気配はない。
「所詮、民間療法なんてこんなものだ」と諦めかけたとき、たまたま沖縄産のものをいただいた。飲んでみたら味も香りもまったく違う。これが〇七年一月のことである。約二〇皿リットルをコップ一杯の水で薄めて毎朝飲むだけのことだが、三月ほどしてから、検査のたびにわずかずつだが下がっていくのがわかった。〇九年の一月で一〇〇を切ったから、今は完全に正常な域だ。沖縄には身近な食材が薬になるという考え方がある。医食同源と同じような意味だ。先にも述べたが、これをクスイムンという。クスイムンという考え方は、おそらく中国から伝わったのだろうが、本土に比べ、生活文化にまで定着したのは、それだけ島には薬になる食材が多いからだろう。
たとえば、先に汁をすすったイラブー(ウミヘビ)だ。久高島や宮古島、石垣島などが産地で、とくに久高島は漁獲権をノロ(神女)が持っていて、猛毒を持つイラブーを手づかみで獲ることで知られる。かつては上流階級で珍重され、琉球料理のなかで最高の料理と言われた。ミネラルやビタミンなどが豊富で、体力を消耗したときや免疫が弱つたときに食べるといいとされている。たしかにイラブー汁は、体力が弱っているときなど効果てきめんだ。山羊汁はスタミナ料理の代表例で、血液の流れをよくする反面、高血圧の人は禁じられている。ただ、沖縄でもこれらを食べる機会はそう多くない。
普段の食事でよく使われるのが伝統野菜だろう。実際、さまざまな野菜に薬としての効果があることが伝えられているが、そのいくつかを、私かこれまで沖縄のオバアたちから聞いた話でご紹介する。沖縄でもっともよく食べられているのがゴーヤだ。ゴーヤのあの苦みをつくり出しているのがモモルデシンで、肝機能を高める作用や胃腸を刺激して食欲を増進させる作用がある。「夏バテで食欲がないとき」にはチャンプルーなどにして食べ、葉や茎はアセモの予防として風呂に入れたという。ゴーヤの次によく消費されているのがパパイヤ。本土と違い、青いパパイヤを野菜として使うのだが、「子供を産んだあと、乳の出がいいというので必ず食べさせられた」という。実はパパイヤにはビタミンCやGABA(ギャバ)と言われる脳細胞の代謝機能を促進したり、血圧を降下させる物質が多く含まれている。
長寿のための健康食講座(第10回) 沖縄と長寿の関係
http://www.caresapo.jp/senior/meal/longlife/83dn3a000000azp1.html
沖縄料理、健康の秘訣とは? ふみこの のんびりブログ/ウェブリブログ
http://fumikofelice.at.webry.info/201007/article_5.html
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