なんだかマニュアルカメラ礼賛になってしまいましたが、手軽な全自動カメラで写真を撮る楽しみに目覚めたら、もうワンランク上を目指すのは自然の成りゆきです。なにもクラシックカメラに大枚を投じなくても、フルオートでも、一眼レフカメラにはたいていマニュアル露出装置がついているので、たまには手動にして撮ってみてはいかがですか。ここで少し、出版社での写真選びの現場について述べてみます。撮影取材を終えて社に戻ると、白黒フィルムならできるだけ早く現像し、べ夕焼きと呼ばれるコンタクトプリントをつくります。カラー少バーサルであれば現像所に出します。三十六枚撮りのフィルムならIスリーブに六コマずつ、六本のポジフィルムが上がってきます。
ここからが写真選びの勝負どころです。四倍のルーペでのぞきながら、使用目的にもっとも合っていると思われる写真に、ダーマト(写真用の色鉛筆)で印をつけてゆきます。人物写真であれば、まずピントが合っていない、ブレている、表情がよくないものから落としてゆきます。次に、背景とのつり合いが悪いもの、全体のバランスがよくないもの、そして最後に、何となく気に入らないものを落とします。こうして残った、自分が良いと思ったものとマアマアと思えるものを、モノクロフィルムであれば、暗室で引き伸ばしてプリントにし、カラーポジなら一枚一枚切って透明なフィルムパックに入れて編集部に持ってゆきます。
「お、いい写真じやないか」と一発で決まればメデタシメデタシですが、しばしの沈黙が流れたのち編集者が、「もう少し全体が入ったものはないの」とか「この人の特徴は人なつこそうな笑顔なんだけどね」などと言い出したらパドルの始まりです。こっちだって、そんな写真があれば、当然、焼いています。ないものはないので、目の前の写真がなぜよいか弁明にこれつとめます。最悪の場合は、「あなたの撮ったべ夕焼きを見せてくれないか」というところまでいってしまいます。
カメラマンにとってべ夕焼きは、取材記者のメモ帳と同じです。取材記者が上司から「メモ帳を見せろ」といわれたら、お前の取材はなってないといわれたも同然です。それと同じでカメラマンも、できればべ夕焼きは他人に見られたくないものです。べ夕焼きを見れば、撮影者が何をどう撮り、何を撮らなかったか、取材意図を理解していたかどうかまで、すべて分かってしまうからです。編集者に渡したべ夕焼きから、自分が選んだものとは別のコマがピックアップされ、大きく扱われたようなときは、なぜこのカットが自分の目にとまらなかったのかと、ちょっと自信をなくすこともあります。
新聞社や出版社がカメラマンを採用するとき、筆記試験のほかに、課題を出して実技試験を行なうのは、撮影技術もさることながら、撮った写真のべ夕焼きから、対象にどういうアプローチをしたかを見たいからです。ヒットーアンドーアウェイの撮り方をする者、一つの対象にねばり強く迫ってベストの一枚を撮ろうとする者とさまざまですが、べ夕焼きを見れば、その人の性格は歴然と分かります。
わたしが在籍していた写真部では、雑誌のグラビアに使った写真と人物写真はすべてべ夕焼きを取り、ファイルに貼っていました。それを見ると、同僚が、ある人物をどう理解し、何を引き出そうとしたかがよく分かり、とても勉強になりました。発売された雑誌に「やってくれたな」と密かに白旗を掲げざるを得ないような写真を見つけたときは、こっそり彼のべ夕焼きのファイルをひっくり返して研究したものです。
2013年4月1日月曜日
2012年12月25日火曜日
伝統的な出産習俗
最後に伝統的なお産の場における知恵としては、風呂の効用があげられる。私か聞き取りをしたお産体験者は誰もが「陣痛を強め、お産をはやめる方法」として風呂に入ることをすすめているし、実際に活用している。陣痛の始まりの頃にあまりあつすぎない風呂に入れば、心身ともに暖かくリラックスするし、そうすれば生理的な進行もはやくなる。落ちついてお産に立ち向かう勇気も湧き、安産への効用は高い。
以上、伝統的な出産習俗において、「女性たちの知恵」として重要なものを二、三取り上げた。それらは他の書物の中ではあまり論じられていなかったものであり、さらに伝統的な社会の中で人々が産婦をどう考えていたかを知るうえで重要だと思うものに限定した。次に外国の民俗社会におけるお産の歴史を、主に石原力氏訳の『図説産婦人科学の歴史』の図を借りて簡単に述べたい。それは、「日本はベッドの国ではないから、その昔坐産が行なわれていても不思議ではない。ベッドを使っていた西欧ではやはり昔から、庶民たちもベッド上で仰臥して今のようにお産して、それがよいお産と思われていたのではないか」と考える人がいるのではないかと思われるからである。
図で見るとわかるように、かなり近年まで、上体をきちんと立てた座位姿勢でお産していたことがわかる。つまりお産が助産専門家ではなく産婦本人に任されていた頃までは、世界中が坐産姿勢であり、お産の基本は座位であったことがわかる。身近な生活用品が伝える出産情報、図はアンデスのナスカ文化における出産中の女性をかたどった長壷である。ほおや腕あるいは腹部に、いれずみか彩色を施した女性が両膝を立て、おすもうさんかしこを踏んだようなスタイル(躊鋸)でお産をしており、まさに腔口からは子どもの顔がはっきりとのぞいている。
図でみふょり本物はもっと凹凸がはっきりわかり、お産の姿勢のとり方、赤ちゃんの出具合いなど、非常にリアルで、出産の様子がよくわかる。また、図でお見せできなくて残念だが、ドイツの博物館に収蔵されている昔のブラジルのインディオの人形も、コピーを送ってくれた知人が「あなたの調べた上須戒のお産とあまりによく似ていたので」と言う通り、扉の写真とまったく同じスタイルでお産している人形であった。
しかし考えてみると、これらアンデスの長壷やブラジルの人形のような日用品は、日本ではなかなかお目にかかれない。このようなものが、昔とはいえ身近な道具類の中に、当たり前に使われていたということは、本当にすばらしい性教育だと思う。誰もが子どもの時から、「お産とはこうやって産婦が産むんだな」と無意識のうちに、その具体的なイメージを心にきざみつけていけるからだ。そうすればみんながみんな、真実のお産のあり方を納得しておくことができる。小さい時から自然に無理なく、本当の知識を心の中に積み上げていく、という点では、体験談もまた重要なものの一つである。
以上、伝統的な出産習俗において、「女性たちの知恵」として重要なものを二、三取り上げた。それらは他の書物の中ではあまり論じられていなかったものであり、さらに伝統的な社会の中で人々が産婦をどう考えていたかを知るうえで重要だと思うものに限定した。次に外国の民俗社会におけるお産の歴史を、主に石原力氏訳の『図説産婦人科学の歴史』の図を借りて簡単に述べたい。それは、「日本はベッドの国ではないから、その昔坐産が行なわれていても不思議ではない。ベッドを使っていた西欧ではやはり昔から、庶民たちもベッド上で仰臥して今のようにお産して、それがよいお産と思われていたのではないか」と考える人がいるのではないかと思われるからである。
図で見るとわかるように、かなり近年まで、上体をきちんと立てた座位姿勢でお産していたことがわかる。つまりお産が助産専門家ではなく産婦本人に任されていた頃までは、世界中が坐産姿勢であり、お産の基本は座位であったことがわかる。身近な生活用品が伝える出産情報、図はアンデスのナスカ文化における出産中の女性をかたどった長壷である。ほおや腕あるいは腹部に、いれずみか彩色を施した女性が両膝を立て、おすもうさんかしこを踏んだようなスタイル(躊鋸)でお産をしており、まさに腔口からは子どもの顔がはっきりとのぞいている。
図でみふょり本物はもっと凹凸がはっきりわかり、お産の姿勢のとり方、赤ちゃんの出具合いなど、非常にリアルで、出産の様子がよくわかる。また、図でお見せできなくて残念だが、ドイツの博物館に収蔵されている昔のブラジルのインディオの人形も、コピーを送ってくれた知人が「あなたの調べた上須戒のお産とあまりによく似ていたので」と言う通り、扉の写真とまったく同じスタイルでお産している人形であった。
しかし考えてみると、これらアンデスの長壷やブラジルの人形のような日用品は、日本ではなかなかお目にかかれない。このようなものが、昔とはいえ身近な道具類の中に、当たり前に使われていたということは、本当にすばらしい性教育だと思う。誰もが子どもの時から、「お産とはこうやって産婦が産むんだな」と無意識のうちに、その具体的なイメージを心にきざみつけていけるからだ。そうすればみんながみんな、真実のお産のあり方を納得しておくことができる。小さい時から自然に無理なく、本当の知識を心の中に積み上げていく、という点では、体験談もまた重要なものの一つである。
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